根本 利通(ねもととしみち)
今年のラマダン(ムスリムの断食月)は、10月24日に明け、その祭日(Idd el Fitr)を国の休日として2日間祝い、その後は平常に復している。タンザニア全体でも、またダルエスサラームでもムスリムは多数派であると思われるから、ラマダンは日常生活に影響する。暑い季節のラマダンは大変だろうと思う。
今年の計画停電はかなりひどい。タンザニア在住23年目にして最悪の状態である。大雨季の終わった直後の6月から、ムテラ・ダムの水位が低いという理由で、週3回(隔日)12時間停電に入った。それが8月には週5日(金曜日と日曜日を除く)になり、9月には週7日、つまり毎日昼間は電気がない状態になっている。10月14日(土)はニエレレ・デーといって、初代大統領の命日で休日である。例年テレビで、在りし日のニエレレの演説のシーンなどを延々と流し、国民が故人を偲ぶのだが、今年は電気がないどころか、22:30まで戻らなかった。もう「おまけ」をするような余裕がないのだろう。ラマダン明けの数日前から、電気はだいぶ戻ってきたが、それには別の理由があるらしく、状況が好転したわけではないようだ。
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10月10日の「Daily News」の報道によれば、ムテラ・ダムの現在の水位は標高687.33mで、これが687mまで落ちると水門は閉められ、発電は停止される。現在発電能力80MWのムテラ・ダムは夜間のみ8MWの発電、その下流にあるキダツ・ダムが水力発電所としては最大の200MWの発電能力を持っているが、今は昼間25MW、40MWしか発電していないという。このままでは2週間以内にムテラ・ダムの水門閉鎖、その後数日でキダツ・ダムの発電停止で、北西部5州(ムワンザ、マラ、シニャンガ、タボラ、シンギダ)は暗黒の世界になると危機感を煽っていた。
タンザニアの電力事情は水力発電に依存する率が高い。[グラフ1]を見ると、2004年の統計では総発電量に占める水力発電の比率は94.5%を示している。2003年は94.4%、2002年は97.4%である。これはかなり前からそうだったわけではない。例えば独立当時(1961年)には、火力発電が50.4%を占めていた。その後、キダツ・ダムなど大型の水力発電所の建設が進み、水力発電の容量が火力発電のそれを上回ったのは1975年からである。さらにムテラ、キハンシなどの大型水力発電所の建設が続き、水力への依存は大幅に高まった。
さて、[グラフ1]で注目されるのは2005年の発電量である。いきなり火力発電の割合が増えて、水力発電の比重は58.8%に下がり、発電総量は大幅に増えている。これはダルエスサラーム郊外のウブンゴに設置されたソンゴソンゴ島の天然ガスを利用した火力発電所が稼動したためである。もしこの数字がそのまま信じられるのであれば、現在の計画停電は起こっていないはずである。この数字はTANESCO(タンザニア電力公社)の統計を援用しているが、この問題については後ほどまた触れたい。
さて、タンザニア全体の降水量というのは減っているのだろうか?全体の統計は難しいのだろうが、各地区にある気象台による統計はある。ダルエスサラームを見てみた。今年5月のこの「通信」に書いたように、私の当てにならない記憶では、22年間の大雨季の経験の中でも上から3~4番目の降りだったと思った。さて、統計やいかに?
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[グラフ2]はダルエスサラーム空港で計った降水量の過去20年(1986~2005年)の推移である。2006年の分は7月までであるので注意していただきたい。これを見ると今年は5月で大雨季が終わらずに6月も良く降ったというのが特色だろう。6月末段階で切れば、今年は過去20年と比較して7番目の降りということになる。まぁ、やや多いが平年並みということだろうか。
ダルエスサラームだけではなく、タンザニア各地の降水量を見てみよう。[グラフ3]である。これはある農業研究者の調査データを拝借している。またモシの数字は、タンザニア・ポレポレクラブというキリマンジャロ山麓で植林中心に村おこしをしているNGOのニュースレターから借用した(ただし、統計は植林しているテマ村ではなく、麓のモシ空港の数字である)。本当はムテラ・ダムの上流のイリンガかムベヤの統計があるといいのだが、入手できなかったので、マヘンゲで代用してみる。
タンザニア全土に降る雨の量は、近年減ってきているのだろうか?各地とも2003年の落ち込みはひどく、その後の2004年~2005年も確かに降水量は少なかった。今年(2006年)は、中間段階だが少し回復している。ムテラ・ダムの上流のイリンガの数字が入手出来なかったのが残念だが、マヘンゲで代用すると、2006年6月末の段階で、1,337mmで過去10年の平均(1,552mm)を下回っている。もっと長い期間で見てみると、ダルエスサラームの場合、1986~95年と1996~2005年の10年間で比較すると、平均で約80mm減っている。
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さらに長い期間となると手元に統計はなく、ポレポレクラブのニュースレターのデータ(Old Moshi)を使わせてもらうと、1940年代1,537mm、50年代2,094mm、60年代2,211mm、70年代1,905mm、80年代1,501mmと比較して、1998~2005年の平均は1,697mmという数字がある。この数字をどう解釈するか…タンザニアの統計の数字をそのまま信用するのは危険だが、おおまかな傾向として降水量は漸減と言えるだろう。ただ極端な落ち込みとまでは言えない。さて、「雨が降らないから」というのが言い訳に過ぎないことを証明しようと思っていたが、資料不足で「ここ数年少雨だが、2003年を除き、極端に少ないことはない」という程度しか言えない。
では、現在の極端な電力不足は何に起因しているのか。水力発電への依存を減らし、火力発電、特に天然ガスを使った発電が昨年から本格化し、[グラフ1]に示されているように発電量1,149MW、総発電量の38%を占めたのである。もしこの数字が本当なら、タンザニア全土の発電量は42%も増加したわけで、特にガス発電所はダルエスサラームにあるから、ダルエスサラームの住民は恩恵をこうむっているはずだが、その実感はない。昨年10月にイララの変電所の変圧器が壊れて、数ヶ月の計画停電があった。これ自体は発電量不足が原因ではないが、それからずっと大雨季の盛期を除いてずっと計画停電を経験している身としては納得がいかない。そして5月にガス発電所の5基の発電機の内1基が壊れてオランダに運ばれたというニュースの以降、ガス発電がどの程度果たしてどの程度発電量に寄与しているのか?
代替エネルギーの問題も議論されている。今までは水力、火力は石油に頼り、石油を生産しないタンザニアにとって石油価格の上昇は負担だった。タンザニア国内(ソンゴソンゴ島)で産出する天然ガス利用の発電がやっと軌道に乗ったわけである。今議論されているのは石炭である、南部イリンガからムベヤ州、マラウィとの国境に近いムチュチュマに豊富な石炭の埋蔵があることは以前から知られていた。ただ、それを採掘し、搬出するコストがかかるということで放置されてきたが、この電力危機でまた脚光を浴びている。当然国際コンソーシアムが登場するのだが、日本もその候補の中に上がっている。太陽発電、風力発電は、その量からいって現実の需要にどれほど対応できるのか、素人としては太陽熱を効率的に利用できないものかと思う。国会議員が原子力発電のことをしゃべっていたが、(いわくコンゴにはウランがある)、それは余興だろう。
マネージメントの問題も当然議論されている。社会主義時代の公社だった、電力、電話、水などはここ10年の民営化の波に乗って、一部株を外国資本に売却し、外国人経営者を招いた。昨年、ダルエスサラームの水公社が、契約を中途で打ち切り、外国人の経営者を追い出したが、それは総選挙目当ての人気取りの感もあった。タンザニア人に経営が戻ってよくなった気配は全くない。TANESCOも2年前から、南アのコンサル会社(Net Group Solution)に経営を任せてきたが、6月長期の計画停電計画を発表した直後に、南アの会社との契約を延長しないことがタンザニア政府から発表され、南アの会社ともめている。また、10月には一向に好転の気配が見えないどころか、悪化の一途をたどる電力事情に、キクウェッテ大統領は、エネルギー大臣、水大臣、通産大臣を含む10人の大臣、8人の副大臣の配置転換(罷免ではない)を行った。またガスタービンの故障で、非難の矢面に立たされたソンガスは、ガスタービンを運んだドイツの海運会社や、タービンの製造元であるアメリカの会社を訴える姿勢を示した。皆、責任回避に必死である。
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もし、全てがうまくいって(というのはタンザニアで想定するのは難しいのだが)、発電量が国内の需要に十分になったとしても、まだ問題があると言われる。それは変電所の容量や、送電網の整備がそれに追いついていないということである。発電量が多くなれば、変電器が壊れたり、また古い送電線が火を吹く可能性があるという。どこかを改善すれば済む問題ではないようだ。
しかし、専ら家庭用の電気が計画停電の対象とされ、工場など産業用の電気は優遇されてきたが、それも限界があり、各工場では自家製の発電機をある程度の時間回さないとすまなくなってきており、高い石油価格とあいまって負担になっている。私の会社のオフィスに入っているビルも、9月から発電機の費用の請求が始まっている。このままではここ10年ほど順調だったタンザニアの経済成長は大きく下方修正に向かうことになる。
ルアハ国立公園の中を流れる大ルアハ川は豊かな水量を湛え、多くのワニ、カバ、水鳥をはじめとする野生動物の生態系を支えてきた。しかし、ここ数年(あるいは10年を超えるかもしれない)、その水位の低下が叫ばれ、乾季には丘に上がったカバが、とげのあるブッシュで体に傷をつけている姿を良く見かけるようになった。これは降水量の減少よりも、その上流での灌漑農業の進展に大きな原因があると言われる。勢い、ルアハ国立公園の下流にあるムテラ・ダムに流れ込む水量は減り、また土砂がダムの底に堆積しているので、発表されるダムの水位(標高687mというように言われる)自体が信用置けないから、雨がたくさん降ればいいというものではないと囁かれている。
確かに今回の電力の問題は大きい。ただ、タンザニアで電気を利用できる人は、今なお10%程度だという。まぁ、自分の家に電気はなくても、ダルエスサラームやザンジバルなどの大都会では電気の恩恵を受けているわけだから、90%の人たちが電気と関係なく生きているわけではない。ただ、エネルギー源(燃料)としては、依然薪、炭などの生物燃料が90%を占め、電気は1%以下でしかない。電気がないと動かない機械(PCなど)が増え、電気がないと仕事にならないのは現実ではある。ただ、このまま世界中が、電気のある便利で快適な生活を追求し、それが進歩で開発であると疑問を持たずに生きていけるかどうか。電気のない日曜日にふと思う。
小雨季の気配は近づいている。明け方、遠くから雨音が近づいてきて、そのうち激しく我が家の屋根を叩いて、通り過ぎていく。朝起きてみると周辺の道には水たまりが出来ている。雨を待つ日々である。
(2006年11月1日)
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